ライター斎藤博之の仕事

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斎藤博之は、祭りや民俗芸能・食文化・温泉文化・地域の社会史・地域づくりについて執筆しています。
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民衆に伝わる舞楽(1)
北東北には、数多くの中世の舞楽面が残っている。「中央」から遠く離れた「辺境」の地に、かくも多くの舞楽の古面が残っているのは、どのような事情によるのか。いまも日本海伝いの村々に伝わっている民俗芸能の舞楽を追うことで、その謎を探ってみよう。

本稿は、『グラフ青森』に連載した「あおもり民俗文化探訪」の一部です。
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| 斎藤 博之 | [祭りと芸能]地方の舞楽 | 00:49 | trackbacks(0) | comments(0) |
民衆に伝わる舞楽(2)能生の舞楽(新潟県)
 前回は、青森市の大星神社に遺された中世の面から、この地域で行なわれていた可能性のある舞楽について考えてきた。陵王や納曾利など古い吊り顎の形式をとどめた面とともに、舞楽以外の面が宝物として納められていることは、もともと法会として執り行われていた舞楽がむらむらの宮座に採り入れられ、神楽や猿楽などさまざまな芸能と渾然となっていったありようを示している。
 国の政(まつりごと)を司る権力に結びついて庇護を受けてきた寺社を除けば、中世の古い舞楽面を持っているところは極めて稀だ。その稀有な例が、この「みちのく」に大星神社・岩木山神社・天台寺・櫛引神社と集中していることは特筆に値する。
 すでに指摘したように、日本海側における中世舞楽面の分布は、民俗芸能としての舞楽の分布に類似する。「みちのく」の古舞楽面も、たんに面だけが宝物として扱われてきたのではなく、実際に舞楽が行なわれていた可能性が、この事実からも推測される。そこで、朝廷の楽所に組み込まれなかった時代の四天王寺の楽人が地方の社寺へ流出していたことから、私は「みちのく」の舞楽が日本海を船で伝わってきたものではないかと推測した。
 ちなみに、民俗芸能として行なわれている舞楽は、宮内庁に習って全国に普及している雅楽に付属する舞と同じではない。地域で行なわれている舞楽は、その土地の民衆とともに育ってきた。その変化を本来の舞楽からの逸脱と考えるのであれば、宮内庁の舞楽だって時代とともに大きく変わってきた。民俗芸能の舞楽は宮内庁舞楽のコピーでもなければ亜流でもない。そういうわけで、船で伝わってきた舞楽の可能性を考えるためには、宮内庁舞楽からの類推によってではなく、いまもその航路に沿って点在する民俗芸能の舞楽を実際に見ておく必要があるだろう。
 そこで、これから日本海伝いの村々でいまも行なわれている民俗芸能の舞楽を訪ね、大星神社で行なわれていたであろう舞楽がどのような行事だったか考える糸口にしたい。
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| 斎藤 博之 | [祭りと芸能]地方の舞楽 | 01:57 | trackbacks(0) | comments(0) |
民衆に伝わる舞楽(3)平塩の舞楽(山形県)
 前回見たように、能生の祭りはゆっくりゆっくりと進む。同じ動作が何度も何度も繰り返される。その単調な反復のなかで、観衆の期待は醸成されていく。こうして、その期待が頂点に達したとき、突然に緊張が弾け、次ぎの場面が飛び出してくる。獅子の出、お走り、そして陵王がその最たるものだ。ためて、ためて、弾ける。観衆たちのあいだに期待と緊張の共鳴が広がらないうちは、なにごとも起こらない。その一点に向けて、むらびとの時間が完全に溶け合うのをひたすら待つ。
 たとえその場には居合わせなくともその瞬間が来れば、むらびとなら居ても立っても居られなくなる、祭りはそういう演劇的な仕掛けをもっている。その時間を共有したということだけで、互いが了解しあい親密になれるような強烈な引力を、祭りはもっている。大勢のむらびとが陶酔し、やがて悦楽の瞬間を迎える。そのあいだじゅう、音楽が鳴り響き、酒を酌み交わしてはご馳走を分け合う。何もかもを分かち合い、そしてその一瞬を迎える。
 舞楽は、ここでは単なる芸能ではない。それは神事そのものだと言ってよい。神の現れる瞬間が、舞楽のなかで訪れる。舞いだけを見れば高だか数時間に過ぎないが、ここに至る長い過程がすべて舞楽のためにあり、また舞楽を行なうことを前提にすべてが進行している。前日の宵宮から始まった行事のすべてが、舞楽なのだと言ってよい。
 楽人という芸能を伝承する組織だけで、舞楽は成り立っているのではない。観衆の共鳴のなかで、はじめて舞楽が神事となりうるからだ。四天王寺の楽人から広まった舞楽も、民俗と風土のなかで変容を遂げていく。だが、見る人がいなければ舞楽もないということを考えれば、このような変容こそが舞楽の本流だとも言える。
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| 斎藤 博之 | [祭りと芸能]地方の舞楽 | 00:26 | trackbacks(0) | comments(1) |
民衆に伝わる舞楽(4)日光山輪王寺の北斗七星
 大星神社(青森市)に遺された中世の面について考えている。面はたんに宝物として伝わってきたのではなく、ここに芸能があったろうと、わたしは考えている。日本海伝いの村々でいまも行なわれている民俗芸能の舞楽を訪ね、面が伝わってきたことの意味を探ってきた。地域の舞楽は、その土地の民衆とともに育ってきた。むらむらの舞楽は、地域の芸能と渾然となっていた。
 わたしが訪ねたむらの舞楽には、いくつかの特徴があった。
1)舞いだけが見世物となっているのではなく、神事と一体になっていること。
2)楽人をはじめとする舞楽の集団が、むらの組織として維持されていること。
3)その地域に独特な演目や面のあること。
 大星神社に伝わる面は、舞楽の面に行道面。そのなかに一枚、比較的新しい能面が混じっている。能は舞楽とは別の時代に行われていたという推測ももちろん成り立つが、わたしは舞楽のなかに能面を使った舞いもあったと考えている。さまざまな時代に成立したさまざまな芸能が渾然と溶け合う、それが民俗芸能というものだ。
 じっさいには十面ある古面は、菅江真澄の文章にはかつては十二面だったとも見えるけれど、どう見ても七つよりは多い。それにもかかわらず、なぜか北斗七星になぞらえられている。神仏混淆の時代に妙見堂と言われたこの神社は、北斗七星の信仰に深くかかわっていたらしい。
 ところで、北斗七星になぞらえられた面といえば、有名なのは日光に伝わる古面である。今回は、日光山輪王寺に伝わる北斗七星の面について、述べることとしたい。
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| 斎藤 博之 | [祭りと芸能]地方の舞楽 | 05:20 | trackbacks(0) | comments(0) |


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