ライター斎藤博之の仕事

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森とともに暮らす(7)「かの」の蕎麦と蕪

山形の蕎麦街道


 山形県の北村山・最上地方から秋田県の鳥海山麓にかけての地域では「焼畑に蕪菁を栽培するのが目立つた」と、山口弥一郎は『東北の焼畑慣行』に書いている。この地域では、焼畑のことを「かの」と呼ぶ。「第一年目はかのかぶと称して殆ど蕪菁を蒔く。古くはそばがの、あわがの等と言って、蕎麦粟等の焼畑もあつたと言ふが、近年は蕪菁にのみ片寄つた焼畑慣行を維持してゐる」。

 弥一郎がじっさいに足を運んだ尾花沢市の牛房野集落には、こんにちでも焼畑を行なっている人がいる。この地区の蕪を「牛房野蕪」と言い、漬け物にして食べる。かつては焼畑が地域の伝統野菜を育んできた。

 先日、山形県の大蔵村や大石田町・尾花沢市に立ち寄る機会があった。北村山や最上のあたりは、挽きぐるみの真っ黒な蕎麦を板に盛って食べる「板蕎麦」で有名な地域であり、また焼畑地帯でもあった。手打ちの蕎麦屋が数多くあるので、「蕎麦街道」と名づけて、観光に結びついている。

 大石田は、紅花や米を運ぶ最上川の湊のひとつで、湊役所が置かれていた。松尾芭蕉の「五月雨を集めて凉し最上川」は、この大石田で詠まれたものである。ここに次年子や来迎寺などの集落があって、こんにちでも盛んに蕎麦が栽培されている。十数軒の手打ち蕎麦屋があり、「大石田蕎麦街道」と名づけられている。

 来迎寺の「なんば」という蕎麦屋に寄ってみた。この集落では、どの家でも、蕎麦打ちは姑から嫁へと受け継がれてきた。来迎寺地区にだけ伝わる在来の蕎麦を畑に作り、これを丸抜きにして石臼で挽き、十割の蕎麦を打つ。丸抜きだが、寒暖の差が激しいために澱粉が多く、湯ごねにする。冬から春先にかけて、人が集まるときに蕎麦を打って振る舞った。冷たい蕎麦を板に盛るが、これを鶏の肉汁につけて食べる。「なんば」は、この来迎寺のもともとの蕎麦切りを食べることができる店だ。

 その「なんば」のお爺さんに、焼畑の話しを聴いた。昭和十年代まで、来迎寺でも盛んに焼畑が行なわれていた。焼畑のことを「かの」と言う。雑木の林や草地を切り払い、火をつける。「かの」に作るのは専ら蕎麦で、この地区では蕪は作らない。連作はせず、すぐに林に戻す。やはり、蕎麦は焼畑で作られていたのだった。

 来迎寺の在来種は、その甘みに特徴がある。最上早生に較べて収量も多く、この土地に適しているらしい。明治以前から作付けされてきたこの品種は、伝承に拠れば、北前船で九州からもたらされたのだと言う。なるほど、最上川船運の土地である。

 蕎麦という作物は、たちどころに交雑する。大石田では、純粋な来迎寺在来種を選り分けて町の特産とし、地域の活性化に取り組んでいる。


* この文章は、『毎日新聞』青森県版の連載に、若干の修正を加えたものです。

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平場の焼畑と雑木林


 南部糠部の焼畑である「荒木起こし」が、他の地域の焼畑と較べてどのような特徴があるのかを探るために、同じ東北の秋田・山形・福島の「かの」と呼ばれる焼畑を観ている。前回は、山形県大石田町の来迎寺という集落に行き、蕎麦だけを作る「そばがの」を行なっていた話を聴いた。

 山形県では、こんにちでも、温海など鶴岡の近郊や、尾花沢の牛房野などで、焼畑が行なわれている。その焼畑は、専ら、蕪を作るために行なわれてきた。地域に固有の蕪が、焼畑によって伝えられている。そのため、山形の「かの」は蕪を作るものだという印象が、広く流布している。

 福島県の会津で初年に蕎麦を播く「かの」が行なわれていたことから、山形でも雑穀の焼畑があったのではないかと思うのだが、蕎麦街道で賑わう伝統的な蕎麦地帯には、やはり蕎麦の「かの」があった。

 じつは、来迎寺の隣りの、これも蕎麦で賑わう次年子という集落で、赤坂憲雄が焼畑について聴き取りをしている(「山形の焼畑」、『東北芸術工科大学紀要』11号、2004年)。この集落では、1953年ごろまで焼畑が行なわれていたという。始めに蕎麦、翌る年から大豆・小豆・粟を作り、四年で「あらす」。「かの畑」の特別に肥えた場所では、蕪も作ったらしい。

 次年子は、最上川沿いにある来迎寺からみれば、出羽山地の裾野にある。その山がちな次年子だけではなく、どちらかといえば平場の農村にあたる来迎寺で焼畑の行なわれていたことを今回聴き取ったわけだが、これは「かの」が山村に限定されたものではないことを示している。

 平場の農村も、農地のすべてが水田で覆われていたのではなく、広大な雑木林を抱えていた。下草を刈って肥やしにし、下枝を払い、間伐をして炭を焼いた。雑木林は田畑を耕すにも、人びとの暮らしにも、なくてはならない存在だった。この雑木林は、人びとが手を加えることで維持されてきた。焼畑にすることも、よい木を育てるために行なわれていた。焼畑にすればよい杉や桑ができる話は、あちらこちらで聴く。木村茂光が『ハタケと日本人』(中公新書、1996年)で指摘するように、「林」は人が「生やし」てきたのである。

 「そばがの」は、山村の次年子より、平場の来迎寺のほうが多かった、というのが来迎寺の人びとの認識である。事実はどうであれ、それほど平場の焼畑も盛んであったということだ。しかも「そばがの」の蕎麦が北前船の交易で広まった品種だとすれば、焼畑が原始的な農業で山村に残って来たという誤った認識は、完全に捨て去らなければならない。


* この文章は、『毎日新聞』青森県版の連載に、若干の修正を加えたものです。

| 斎藤 博之 | [地域の社会史]焼畑 | 21:20 | trackbacks(0) | comments(0) |
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