ライター斎藤博之の仕事

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森とともに暮らす(8)近代化とは別の進歩

石臼以前のこと


 前回は、焼畑は原始的な農業ではない、ということを書いた。もう少し正確に言えば、焼畑は農業の古い姿かもしれないが、こんにちまで山村に残ってきた焼畑が必ずしも古い姿のまま残っているのだとは考えにくい。

 この列島で焼畑がいつから行なわれていたかということについては、最近になってようやく考古学の分野でも研究されだした。縄文時代に農耕が行なわれていたということですら、三内丸山遺跡の発掘などで明らかになってきたばかりだ。焼畑があったかどうか、あったとすればどのような焼畑であったかは、これからの研究課題である。

 いずれにせよ、焼畑は相当に旧い時代から行なわれてきたと思われる。しかし、それが「荒墾起こし」(あらきおこし)や「かの」など、東北でこんにちも行なわれていたり、またはごく近年まで行なわれてきた焼畑と同じ方法であったとは言えない、というのがわたしの考えである。

 たとえば「荒墾起こし」を考えてみよう。これにもその土地ごとにさまざまなやり方があるが、春に火をつけて、大豆・小麦・粟・小豆などの順序で作ったあと、最後に蕎麦を播いて森に戻す、というものであった。畑にしている期間が4〜5年と、ほかの焼畑に較べて長いのが、その特徴である。

 この焼畑が、南部地方の雑穀の文化、とりわけ粉食の文化の基盤にあることがわかる。南部地方には小麦や蕎麦を粉に挽いて作る郷土料理が、じつに多い。もんだいは、この「挽く」という技術である。粉に挽くことができるからこそ、小麦や蕎麦が輪作の要の部分に取り入れられたわけだ。

 小麦や蕎麦を挽く道具は、水車小屋の「ばったり」や、石臼である。その石臼がそれぞれの農家に普及したのは、近世になってからだと考えられている。それならば、それ以前から焼畑はあったにせよ、小麦や蕎麦を作付けることは多くはなかったのではないか。つまり、石臼が普及した時代に、南部地方の焼畑は、始めに大豆や小麦を作り、最後に蕎麦を播くという方法に発展したのだ。肥料を与えなくても長く畑を作ることができる画期的な方法は、焼畑農法の大きな進歩であったはずだ。

 もちろん、焼畑で蕎麦を作るということは、それ以前にもあった。なにしろ、田子の石亀遺跡から蕎麦が見つかって、縄文時代から畑で蕎麦が作られていたことがわかった。だが、頻繁に蕎麦を食べるのは、粉にすることが前提となる。

 「かの」についても、同じことが言える。「蕎麦がの」が近世以前に遡れないのは、「荒墾起こし」と同様である。「蕪かの」にしても、畑のあとに桑や杉を植えるのであれば、養蚕や製材があってのことだろう。


* この文章は、『毎日新聞』青森県版の連載に、若干の修正を加えたものです。

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焼畑農法の進歩


 養蚕や製材が産業となって、山形には「蕪かの」が出来た。石臼の普及で、会津や山形では「蕎麦かの」が、南部では「荒墾起こし」(あらきおこし)が行なわれるようになった。それ以前にも焼畑は行なわれてきただろうが、近世に起きたであろうこの変化は、大きな意味をもっているとわたしは考えている。

 焼畑は多様である。東北だけを見ても、「かの」と「荒墾起こし」は全然違うし、同じ「かの」でも、または同じ「荒墾起こし」でも、その土地によってやり方は異なる。ところが、これまで焼畑は殆ど一様のものとみなされてきたきらいがある。そこに良い意味を見出すにしても、焼畑は「旧い」または「原始的な」農法だと思われてきた。

 しかし、焼畑もまた進歩を遂げてきた。その進歩は、近代が効率を求めてきたのとは違った進歩である。われわれの先祖は、ただ農地を広げることだけを考えたのではなかった。森を焼くことで良い畑を手に入れ、畑にすることで良い森を育てた。畑と森は切り離せない関係にあった。

 もう一度、「荒墾起こし」について考えてみよう。森を焼くことで、肥料を与えなくても、作物は育つ。ここは、どの焼畑でも同じだ。ここからが「進歩」だ。まず大豆を播き、その根に付く菌の力で、窒素を固定させる。それから麦を播いて、その根の力で土を耕す。たんに粟などの雑穀を作るだけではなく、大豆と麦を組み合わせることで土を作るので、ながく畑にすることができる。

 その焼畑では、肥料を与えなくても良い。肥しは森が作ってきたし、大豆と麦が土を作ってきた。この畑では、草取りを頻繁に行なわなくても良い。雑草の根は、焼いたからである。荒墾(あらき)を起こすのは、「ゆいっこ」を借りなければならぬほど労力がかかるものの、そのあとの耕作は、殆ど手間がかからない。

 こうして最後に蕎麦を播く。「蕎麦がの」の地域で焼いたらまず蕎麦を植えるのとは、大違いだ。蕎麦は連作障害とまでは行かなくとも、収量が落ち、甘みも減っていくから、地力の高いうちに作ったほうが良いし、作れば森に戻す。だから「蕎麦がの」は一年、せいぜい他の作物を植えて二〜三年がよいところだ。「荒墾起こし」の五年目に蕎麦を播くのは、地力が維持されているからである。

 こうして、畑は森に還る。焼畑にしたほうが、森に還りやすい。畑にすることで土づくりをしたからだ。その森で、人びとは炭を焼く。赤松があるから、松茸が採れる。雑木林だから、様々な山菜と茸の宝庫だ。やがて再び畑にするとき、伐った樹は家や家具になる。こうして、焼畑は森と共生する方向に「進歩」したのだった。


* この文章は、『毎日新聞』青森県版の連載に、若干の修正を加えたものです。

| 斎藤 博之 | [地域の社会史]焼畑 | 00:51 | trackbacks(0) | comments(0) |
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