ライター斎藤博之の仕事

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義経伝説は、なぜ北を目指したか(序3)御曹子島渡り

鞍馬の天狗と、鬼一法眼と、蝦夷の大王と
〜伝説を語ったのは誰か?〜


 『御伽草子』は室町時代から江戸時代にかけて成立した物語文学で、享保年間(1716〜1735)に大坂で出版されて、この名前が定着した。渋川清右衛門の編んだものである。その版の23編のなかに、「御曹司島渡り」がある。源平の合戦に及ぶまえ、鞍馬の山を出て平泉に身を寄せていたころの義経についての伝説だ。

 秋田県立図書館に、この『御曹子島渡り』の絵巻が所蔵されている。彩色の挿絵と本文が交互に現われる「奈良絵本」だ。『御曹司島渡り』の奈良絵本は少なく、こんにちまで残っているのは5本のみ。秋田県立図書館の絵巻は、室町末から江戸初期に作られたものだと推定されている。ここに書かれた物語じたいは室町時代に成立した義経伝説だ。

 その内容は、平泉の秀衡のもとにいた御曹子(義経)が、「蝦夷が島」の「千島の都」に渡り、「大日の法」という兵法の書を手に入れ持ち帰ってくる、というものだ。


 『平治物語』や『平家物語』『義経記』などが語り、幸若舞や猿楽・浄瑠璃などに描かれる義経は、「源氏の頭領義朝の九男として生まれ、牛若丸と呼ばれた。平治の乱で父が斃れ、鞍馬寺に預けられる。しかし僧にはなることを拒み、奥州へ逃れた」ことになっている。義経が死なずに北へ逃れたという伝説より先に、すでに中世の文芸のなかで兄の頼朝と出会うまでの伝説が成立していた。

 幼き日の義経が鞍馬山にいたかどうかはわからない。しかし、物語のなかで、義経が尋常ではない力を身につけるためには、鞍馬山という舞台が必要だった。鞍馬山が、天狗の棲む聖地だったからである。

 もっとも早くに成立した『平治物語』では、鞍馬寺に弟子入りして「遮那王」となった牛若が、鞍馬山の天狗に夜な夜な剣術を習う。「御曹司島渡り」と同じ『御伽草子』のなかにある「天狗の内裏」でも、鞍馬の寺に上った牛若は、毘沙門天の導きで「天狗の内裏」へ行き、愛宕山の太郎坊・比良山の二郎坊・高野山の三郎坊・那智山の四郎坊・神倉山の豊前坊という5人の天狗の秘術を尽くした兵法を見る。

 京の都の鬼門・丑寅の方角に位置する鞍馬寺は、毘沙門天と観音菩薩を祀る寺で、初めは真言の、後には天台に属する修験の拠点だった。天狗は山の神の化身であり、山伏たちの信仰のなかにも取り入れられていった。


 ところで、室町時代に成立する『義経記』では、一条堀川に住まう陰陽師・鬼一法眼(きいちほうげん)の娘と通じて伝家の兵書『六韜』を盗み学んだ。『六韜』(りくとう)は中国の兵法書で、「文韜」「武韜」「龍韜」「虎韜」「豹韜」「犬韜」の6巻があり、このうちの「虎韜」すなわち「虎の巻」が「秘伝の書」を意味する慣用句になった。

 中世には朝廷の陰陽寮を離れ、聖(ひじり)のように遊行する法師に担われるようになった陰陽道は、民俗信仰や山岳修験と交じり合っていった。鞍馬の山にある貴船神社も陰陽師の法師の信仰とかかわりがあったことが、『御伽草子』の「貴船の本地」に阿部晴明が鬼と化した女の呪いを調伏する話があることからも知れる。

 中世に成立した義経伝説は、平家語りや山伏・聖・法師たちの手で育てられていったのだと思われる。そのなかから、義経に超人的な力を与える兵法の秘伝が、陰陽師によってもたらされたという物語が生まれたのだろう。


 蝦夷ヶ島の大王から『大日の法』を盗み出すという『御曹司島渡り』の物語は、陰陽師から『六韜』を盗み出すという『義経記』の物語に良く似ている。陰陽師の持つ秘伝の書『六韜』が、蝦夷ヶ島の大王の『大日の法』に変わっただけだ。

 『天狗の内裏』でも、牛若が八歳にして『大般若経』六百巻などに並んで、「鬼が読みける千島の文」を読み明かしたことになっている。義経に力を与えるものは、初めは「鞍馬山の天狗」であったが、これに陰陽師が加わり、さらには「蝦夷ヶ島」の大王や鬼も加わっていく。異界についてのイメージが、少しずつ変化しているわけだ。

 しかし、ここでは「天狗」や「蝦夷ヶ島の大王」「鬼」といったものは、この世のものならざる力を与える存在であって、成敗調伏されるべき対象ではない。そして、その力を象徴するものが、たとえば「大日の法」である。

 「大日」というのは「大日如来」のことであろうから、その如来の法が力の源泉であるとする物語の構造は、少なからず密教の影響を受けていることになる。異界からもたらされる力を、山伏・聖・法師たちが持っている。それが、この物語の隠れた話者を語っている。


 『御曹子島渡り』では、義経は「とさ」の湊から「蝦夷が島」へ発ち、ふたたび「とさ」の湊から平泉へ戻ってくる。「四国の土佐」と書かれているが、北へ向かう湊であれば、同じ「とさ」でも四国の土佐ではなく、「十三」のことであろう。

 十三湊は『廻船式目』の三津七湊のひとつであった。「三津」は筑前の博多津・摂津の堺津・伊勢の安濃津、「七湊」は越前の三国湊・加賀の本吉湊・能登の輪島湊・越中の岩瀬湊・越後の今町湊(直江津)・秋田の土崎湊・津軽の十三湊である。

 この十三湊の遺跡から、朝鮮半島や中国大陸との交易でもたらされたものが、数多く発掘されている。また、平泉の中尊寺に見られるものと同じ形式をもつ12世紀の金メッキの金具も出土し、この湊が奥州藤原氏の平泉と密接な関係を持っていたことが推測される。

 十三湊は北方との交易の拠点だったから、異なる世界への扉は当然この十三湊でなければならなかった。「御曹子島渡り」は、北方との交易の様相が広く中央にも知られるようになった事実を反映しているものと考えられる。

 異界へ渡り、生まれ浄まって、新たな力を身につけて甦る。これは典型的な貴種流離譚である。平家との戦をまえに義経が平泉から蝦夷地へ渡るという物語が、はじめにあった。この物語がベースにあれば、再び平泉へ逃れた義経に、また蝦夷地で甦ってほしいと期待するのは、人情であろう。

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参考


『御伽草子』
「御曹司島渡り」
・奈良絵本(秋田県立図書館所蔵)
「天狗の内裏」
「貴船の本地」


『義経記』


『平家物語』


『平治物語』


貴船神社


| 斎藤 博之 | [地域の社会史]義経北行伝説 | 19:36 | trackbacks(0) | comments(0) |
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