ライター斎藤博之の仕事

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義経伝説は、なぜ北を目指したか(2)六ヶ所の橋本家に伝わる伝説

河内商人と六ヶ所の義経伝説


 天保6(1835)年に盛岡の松羅堂山人が発行した『南部藩分限番付』の前頭23枚目に、七戸通平沼(現在の六ヶ所村平沼)の橋本久助の名前が見える。南部領内百二十七人の豪商が並ぶ長者番付のこの位置に、いまでは一寒村のように見える平沼の商人が名を連ねていることじたいが、ひとつの驚きであろう。

 橋本久助家は屋号を「上(かみ)の家」と言い、本家の橋本治郎右衛門家とともに小川原湖から海までの漁業権を共有するほか、三沢・平沼・鷹架・尾駮・泊に鰯網船を持ち、〆粕を田名部・野辺地・七戸・五戸・盛岡へ売る、網元にして魚商だった。村内へは、古着・木綿・真綿・茶・塩・醤油・酒・米などを商っている。その居宅は、相当に大きかったらしい。

 宝暦2(1752)年には、次男喜助が八戸に店を開いて分家した。屋号を「河内屋」と言う。河内屋は、天明6(1786)年に酒造りも始めた。現在の八鶴である。河内屋のある八日町と三日町の辻は、江戸時代、八戸から各方面への街道の起点となっていた。大正13(1924)年に建てられた「旧河内屋橋本合名会社社屋」は、アールデコ調のモダンな木造建築で、国の登録有形文化財になっている。大火で焼けた八戸中心街の復興のシンボルだったために、三陸はるか沖地震のあと痛みの激しかったこの建物を八戸市民が運動して保存することになった。

 この橋本久助家の本家・橋本治郎右衛門家は、屋号を「大(だい)」と言い、同じく平沼の商家である。分家の久助家と共同で小川原湖から海までの漁業権を持つほか、やはり鰯の網元として〆粕を商っていた。その祖先は河内国から来たと言い伝えられている。平沼は全戸数の八割が橋本姓で、この総本家が治郎右衛門家だ。天保の分限番付のころには「上の家」のほうが裕福になっていたが、「上の家」は「大」の最も大きな分家である。「大」の主だった分家に「大一(だいいち)」「大二(だいに)」「大三(だいさん)」があり、さらにここから「大福」「川端」「下道」などが分かれている。ちなみに、倉内から老部(おいっぺ)までの「東通商人仲間」21人のうち、平沼の商人は、橋本久助・橋本治郎右衛門・橋本佐助・橋本久右衛門・橋本彦右衛門の5人で、すべて橋本の一族である。

 この橋本家には、義経のお供をして青森まで案内したという、言い伝えがある。『六ヶ所村史』には、橋本家の養女となり祖母の膝で昔話を聞いて育った沼辺せきさんからの聴き取りが載っている(下巻供法

――この家は判官さまの御宿だった。奥方さまや姫さまも来られた。源氏の紋所の入った風呂敷も戦前までは残されていた。義経が平沼から青森に向かって出発するとき、当主与兵衛は義経主従の心に痛く感激し、お供を申し出た。義経がその切なる願いを容れお供に加えてくださったので、青森まで案内した。途中野内の貴船神社に無事渡海できるように祈願をして、善知鳥村についた。この附近一帯は広々とした原野だったので、義経は与兵衛に、この地に留まって開拓するように言った。与兵衛はその言葉通りここに留まり、荒野を開拓してその地を支配したという。そこでこの地を橋本と名付けた。義経が隠れ住んだ土蔵もあったが、いまは壊されてなくなった。――


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 近世の青森にあたる場所には、『津軽郡中名字』という史料に拠れば、中世のころは包宿(堤)・鵜呼(善知鳥)・安潟などの集落があった。堤川に川湊があって、堤ヶ浦の館を構える三戸南部の勢力が、この湊を支配していた。善知鳥神社の門前町が、この堤川の川湊に向かって延びていた。

 沼辺せきさんという話者なのか、その話者が語る伝説を聴き取った者なのか、「近世に湊を開く以前の青森は、善知鳥村という寂しい漁村だった」という、戦後の郷土史家が捏造した歴史観を反映しているので、仮にこの伝説がもっと以前に成立していたとすれば、そのフィルターを外してみる必要がある。のちに「橋本」になる場所は、近世以前には、善知鳥ではなく堤に属する領域だったと思われる。そこで、沼辺さん以前の話者がいたとすれば、平沼の商人が堤湊と関係が深かったと主張していたことになる。

 野内もまた湊だったから、この商人は外ヶ浜の湊を通じて、日本海伝いの交易にかかわっていたことを、伝説は語っていることになる。伝説の舞台は中世だが、伝説が成立したのは近世以降だろうから、野辺地湊が登場してもよさそうなものだが、話者は河内商人で、したがって中世に外ヶ浜の湊はどこにあったかを知っていた。

 義経が北へ逃げ延びたという伝説には、外ヶ浜から蝦夷ヶ島へ通ずる海路がなければならず、その海路を交易していた商人たちがいた。その商人たちが話者を担わなければ、伝説は広まらなかったであろうと思われる。


| 斎藤 博之 | [地域の社会史]義経北行伝説 | 01:41 | trackbacks(0) | comments(0) |
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