ライター斎藤博之の仕事

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義経伝説は、なぜ北を目指したか(結)彼岸と貨幣と

 ここまでは、青森県に残る義経北行伝説のいくつかを取り上げて、そういった伝承の背景を考えてきた。これらは、青森県に伝わる伝説の一部分でしかない(そのごく一部を、この項の終わりに紹介しておいた)。わたしは、義経北行伝説の話者は誰か、ということについて考えてみた。浮かび上がってきたのは、修験などの宗教と商人である。

 八戸や野内の伝説には修験が、六ヶ所や油川の伝説には商人が、三厩の伝説には聖(ひじり)がかかわっていた。いずれの伝説も、おそらく近世に成立したものだと思われる。

 「序」に書いたように、義経北行伝説を和人によるアイヌ侵略の道具だとみなす説に、わたしは異を唱えておいた。それでは原因と結果が逆であろう。和人がアイヌの土地で富を貪った、その暴力を美しく隠蔽したのが義経についての伝説なのだ。

 中世から近世にかけて、日本の社会は大きく変容する。そのひとつは「彼岸」にたいする考え方である。人は彼岸で救われる。そういう信仰は浄土の門にかかわらず、広く民衆に広まって行った。蝦夷地は彼岸の比喩であり、死んだ義経も彼岸へ渡るべき人であった。義経はこの世では何も受け取ることはできなかったが、死したのちには彼岸の王になるのである。

 彼岸である蝦夷地は、それゆえ、富をもたらす存在である。もうひとりの話者がここに現われる。人は彼岸に富を蓄えることが出来るのだから、この世の富は諦めよ。この世の富は穢れた存在だから、得は彼岸に積め。こうして穢れを一手に担う存在として貨幣が現われる。この地球上に、植民地として支配された結果としてではなく、自律的に近代貨幣と経済が支配する社会を生み出した地域が、ふたつある。ヨーロッパと、日本だ。彼岸の思想と商人は、日本に市場経済が誕生したことを語っているのである。

 義経北行伝説は、近世日本における市場経済の誕生を語っている。話者のひとりである商人は、物語の後背にある現実では、蝦夷地の富を貪ったであろう。その暴力を<資本の本源的蓄積>と言う。その話は、いずれ詳しく書くことにして、この項を終えることにする。


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三戸街道〜義経北行伝説と時頼廻国伝説


 名久井岳の麓に法光寺という寺がある。この寺に「弁慶の力石」と呼ばれる石があった。かつて若衆が力試しに用いたものという。いまは三重の塔の土台に使われている。弁慶はしばしば超人的な力の象徴であり、神域や寺領などに人の力で動かせると思えない大石があると「弁慶岩」などと呼んでいるところが随分ある。

 この法光寺に弁慶が泊まったおりに書いた礼状があると、『白華山法光禅寺諸来歴記』(宝暦3=1706年)に記されている。明治時代に寺が火災にあい、その書状も失われた。『類家稲荷大明神縁起』には、義経主従が三戸で飯米の籾を買い、糠を捨てたところが糠塚、牛を牽いたので牛牽転じて櫛引、という地名の起こりを紹介している。その真偽はおくとしても、糠塚から櫛引を通り三戸へ至る街道の道筋に名川もある。三戸街道は、中世から近世にかけて、人と物と文化とが往来する重要な街道だった。

 法光寺には、北条時頼が出家して諸国を巡っていたときに訪れた、という伝承もある。一晩の宿を求めた時頼を、なにもないなか心からもてなした。世話になったお礼にと、時頼は伽藍を建立した、それがこの寺の開基だというものである。義経にしてみれば、時頼は自らを滅ぼした鎌倉方の子孫にあたる。義経北行伝説と時頼廻国伝説とが、ここで交差しているところが面白い。


油川にあった円明寺に弁慶の大般若経と笈が


 真宗大谷派法涼山円明寺は、真宗大谷派遍照山法源寺とともに、中世の油川大浜にあった。近江などから来た油川の商人の多くは、浄土真宗の「有徳人」だった。

 円明寺は、明応8年(1499年)、源頼政の13代裔(すえ)にあたる念西房宗慶(源宗時)が開いた、と伝えられている。天正13年(1585年)、大浦右京亮(津軽為信)が油川を攻めたときこれに協力したことから、寺領を授かった。慶長16年(1611年)の弘前築城にともなって本寺町に遷された。そののち火災に遭い、慶安2年(1649年)に新寺町の現在の場所に移っている。

 現在の本堂は明和元年(1764年)に再建されたもので、青森県内の浄土真宗のなかでは最古の建物であることから、青森県重宝に指定されている。

 このような縁起からすれば、まったく時代が合わないのだが、源義経の一行が油川にあったこの寺に落ち延びてきたという伝説が、伝わっている。「弁慶の大般若経」や「弁慶の笈」だと言われているものが伝わっており、寺宝となっている。


民俗芸能に登場する義経


 『平家物語』(13世紀前半の成立)『義経記』(室町初期の成立)など中世の軍記物は、琵琶法師に語られ、能の題材ともなった。やがて義太夫に取り上げられるようになると、人形浄瑠璃や歌舞伎の人気のある演目になる。これが東北地方の山伏神楽や農村歌舞伎に流れ込んでいる。

 山伏神楽には「武士舞」と呼ばれる一群の出し物があり、『鞍馬』『屋島』『巴』『鈴木』『信夫』『十番切』など、源平の合戦に関連する演目がある。わけても、義経が登場する『鞍馬』は、牛若丸と弁慶が鞍馬の山で出会うという設定で、牛若と弁慶の武芸の掛け合いが見もの。二戸から三戸や下北にかけての山伏神楽のなかには、牛若丸役の演者が刀の上を飛んだり、弁慶の肩の上に乗るという演出もある。山伏神楽は、里山伏たちが布教のために霞場の集落を興行して廻ったもので、武士舞は式舞や権現舞のあいだに道化舞とともに余興として演じられる。

 農村歌舞伎にも、『一谷嫩軍記』『義経千本桜』などの源平にかかわる演目がある。いずれも18世紀半ばに成立した浄瑠璃が起源だが、農村歌舞伎には舞台芸能の歌舞伎には観られない演出があり、人気の出し物となっている。福島県の檜枝岐を除けば、山形県の吹浦や、青森県佐井村の福浦、むつ市の奥内など、東北地方には海沿いの集落に多く残っている。また、下北半島では、太神楽の演目にも取り入れられている。


ジンギスカンと義経鍋


 青森県と岩手県にまたがる「南部地方」は、万葉の歌にも詠まれた名馬の産地。南部の馬は、モンゴルの血を引くのだとか。

 ところで、この馬産地に「義経鍋」という食べものがある。兜状に中心の盛り上がった鉄鍋を熱し、脂身を引いて肉を焼く。その肉が馬だということを除けば、ほとんど「ジンギスカン鍋」と同じ。鍋の形が武士(もののふ)の兜のようだとか、その兜で肉を焼いたのが始まりとか言うその料理の謂われも、武将の名が片や義経で片やチンギスハンであること以外は同じ。

 「ジンギスカン鍋」ならモヤシとともに肉を焼き・脂の垂れ落ちる鍋の端で野菜を焼くが、「義経鍋」のほうは鍋のぐるりの皿状の突起に入れたタレに付けて食べる。この義経鍋の鉄鍋に、盛り上がった中央が「すき焼き鍋」の乗っかった状態になっているものがあり、肉を焼きながら水炊きをする。「義経鍋」は、岩手県北から青森県にかけては焼くだけのもの、岩手も北上辺りでは水炊きもする。

 全国的にみれば、山鳥や猪など肉は地域ごとに違うが、水炊き付きの「義経鍋」が紀州や山陰にもある。どこから発祥したものかは、筆者はまだ調べていない。「ジンギスカン鍋」のほうは、満鉄の駒井徳三が名付けたという説もある。すでに1932年には東京にこれを食わせる店があった。「義経鍋」が先か、「ジンギスカン鍋」が先か。いずれにせよ、互いに関連のある食べ物だということだけは確かである。

 余談だが、ジンギスカンのタレは北海道の滝川から広まったようだが、北東北や北海道渡島半島では上北農産加工農業協同組合の「スタミナ源たれ」が圧倒的なシェアを占めている。


| 斎藤 博之 | [地域の社会史]義経北行伝説 | 11:21 | trackbacks(0) | comments(0) |
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