ライター斎藤博之の仕事

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青森県の円空仏(4の4)松前街道〜三厩義経寺

 三厩にある円空仏については、すでに「義経伝説は、なぜ北を目指したか(4)三厩の義経寺と円空仏」に書いた。ここには、その概略だけを示しておこう。

義経寺から三厩湊を望む

 津軽半島の最も北に開かれた湊・三厩は、松前へ向かう北前船が風を待つ浦だった。松前街道を挟んで厩石と向き合う丘に、観音を祀る寺がある。その名も義経寺。「よしつねでら」ではなく「ぎけいじ」と読む。
 龍馬山義経寺は津軽三十三観音の十九番札所で、神仏分離の以前は「観音堂」と言った。その当時は真言宗に属していたが、いまは浄土宗の寺となっている。海峡を往き交う人びとがこの観音に海の安全を祈願してきた。現在も観音堂に数多くの船絵馬が残っている。
 この寺に『奥州津軽合甫外浜三厩 龍馬山観世音縁起』という版木が遺っている。北へ逃げてきた義経が波の静まるよう祈願した場所だといい、のちに円空がこの故事に倣って仏像を彫ったと記されている。世話人は「安保喜平治 大五郎 舎吉」で、この安保家は三厩の廻船問屋だった。この版木は幕末に彫られたものではあるが、ほぼ同じ内容を菅江真澄も書いているから、義経の伝説は少なくとも菅江真澄が三厩を訪れた天明8(1788)年7月にはすでにあった。
 境内には、地元の船主や越前・松前などの商人(あきんど)が寄進した石灯籠や石碑が多数見られる。弁天堂の前の石灯籠は「文化11年」(1814年)に「大黒丸・神観丸 吉田太郎兵衛」が寄進した。三十三観音も「江戸 福寿丸 上田屋忠兵衛」や「大坂 山廿 栄久丸」のほか越前・松前などの商人(あきんど)が奉納したものだ。観音堂には、円空仏の御簾のまえに蝦夷錦がある。天保8(1837)年、松前の伊達氏が納めた。蝦夷錦とは、アムール川流域との山丹交易で北方諸民族にもたらされた絹織物で、松前を通じて北前船が各地に伝えた貴重品である。
 いまは円空仏は秘仏となっているが、住職のお話では津軽半島のほかの円空仏と同じように手垢にまみれて黒くなっていることから、以前は自由に触れることが出来たと思われる。さらに興味深いことを住職に聴いた。この円空仏の胎内仏はマリア観音であっただろう、と言うのである。そのマリア観音が、いまは下北半島の川内にある。以前の住職が川内のお寺の出身だったから、そこに遷されたのだ。義経寺の境内には隠れキリシタンの墓もあって、住職の語ることも、なるほどと頷けるのであった。

曹洞宗龍馬山義経寺

義経寺の円空仏(木彫観世音菩薩像)
 義経寺の円空仏は秘仏であるため、円空仏は33年にいちどの開帳のとき以外は拝観できない。前回の開帳が2000年だったから、次回は2033年ということになる。わたしも拝んだことがないので、青森県文化財保護課に拠れば、両肩に掛かった衣が両肘の辺りでへこみを作り出している点など、海峡をはさんだ北海道福島町の吉野教会にある観音菩薩坐像と共通する特徴があるらしい。像の背面に「寛文7年夏」の銘文が書かれているものの、円空が書いたものかどうかも、年代が確かなものかどうかも、判断は難しいと言う。


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 外ヶ浜伝いの街道を、平舘から今別へと歩いている。円空仏のある三厩は今別のさらに先だが、ここは街道でもっとも景色のよい道である。

大泊

●大泊

松陰くぐり

●松陰くぐり
 この絶景を望む道は、しかし円空の時代にはなかった。岩伝いの道で、道なき道だったのである。「白犬くぐり」「黒犬くぐり」という岩の穴を通る場所もあった。現在、地元では「いんくぐり」と言っている。幕末に吉田松陰がここを通ったことから「松陰くぐり」とも呼ばれている。

与茂内浜

●与茂内浜
 18世紀前半に、貞伝上人が、海中に岩を投じて昆布を養殖し、魚を寄り付かせることを教えた、と伝わっている。今別昆布は「俵物」として、今別の湊から北前船で運ばれた。かつての与茂内の浜は「昆布浜」と呼ばれ、その昆布は長崎俵物となり上海へ輸出されていた。

本覚寺庫裏

●本覚寺の庫裏
 慶安4年(1651)に良信安長上人がひらいた、津軽半島で最も古い寺である。享保3年(1718)に貞伝上人が5世住職となって、その事績によりおおいに栄えた。現在の庫裏は、明治末から大正時代にかけて、大泊の檀家が小樽へ移住する際に寄進したものである。この檀家は、もともと網元で、小樽に移住後に鰊御殿を建てた。今別と北海道のあいだに、密接なつながりのあったことがわかる。
 庫裏の見学は事前に連絡が必要
 (浄土宗始覚山本覚寺 0174-35-2076)

青銅卒塔婆

●本覚寺の青銅塔婆
 享保12年(1727)、本覚寺の五世住職・貞伝上人が、秋田・松前から喜捨を集めて作った、念仏名号塔である。本荘の鋳物師小原安兵衛を招聘して作らせたと云う。貞伝上人は、元禄3年(1690)に生まれ、享保16年(1731)に歿す。享保元年(1716)に本覚寺の住職となり、本堂を再建し、多聞天堂を建立、鐘を鋳造するなど、寺を再興した。多くの仏像を造り、蝦夷地を布教に歩く。昆布の養殖に尽力し、漁村の生活を支えたため、広く慕われたという。
 青銅の塔婆は高さ1丈、旧い銅の器を募めて造った。集まった銅は、 700貫。塔婆を造った残りで、1寸2分の小さな阿弥陀像を一万体こしらえた。修行した誓願寺の本堂を再建するため浄財を募り、これに応じて喜捨を行なった信者に万体仏を手渡した、と云う。塔婆より3年後の、享保15年(1730)のことであった。この万体仏は、本覚寺に2体残るのを初め、小泊や松前・福島など津軽海峡を挟んだ地域を中心に残されている。その多くが、漁師や船乗りに海難を除け豊漁をもたらす護りとして信仰を集めてきた。
 貞伝上人の作だと伝わる仏像に、北海道の有珠善光寺(浄土宗)の本尊・阿弥陀如来、松前藩の菩提寺である宗圓寺(曹洞宗)の本尊・釈迦如来と五百羅漢(北海道指定有形文化財)がある。伝承によれば、享保16年(1731)、貞伝上人は青銅の塔婆の下で即身成仏として入寂した。

三厩本陣付近の街道

●三厩本陣
 松前藩主である松前家や、蝦夷地へ往来する幕府役人の、三厩における本陣は松前屋であった。松前屋山田家は、蝦夷島の松前などを相手にする廻船問屋で、名主などの村役人を勤めた。享保年間(1716〜1736)には、江戸の材木商飛騨屋と連携し、蝦夷地の木材伐採を請け負った(『福島町史』第二巻)。
 この山田家の関係文書が、青森県立郷土館と青森県立図書館にある。本陣や廻船問屋の活動に関する史料が多く含まれ、津軽と蝦夷地との交流を示す貴重な史料となっている。

厩石

●厩石
 三厩の湊近くに、厩石という岩がある。岩の海側が埋め立てられる前は浪打ち際にあって、浸食されて3つの大きな穴があいている。義経はここから馬に乗って津軽海峡を渡り北海道へ向かったという伝承があり、このとき馬をこの岩屋に繋いだというので、三厩という地名の謂れになっている。油川から三厩へ至る松前街道はここが終点で、その先は船で渡った。

はなつまみ

●佐渡菓子店の「はなつまみ」
 「はなつまみ」は「うばたま」の方言。三厩・今別・蟹田の菓子屋でよく見かける、ごく普通の菓子だったが、近年過疎が進んで菓子屋が減り、ずいぶん珍しくなった。三厩中浜の佐藤菓子店は、数少なくなった「うばたま」を作る店だ。先代が函館から大火の後移住、2代目は青森の「青柳」で修行した。昆布羊羹も名物である。
 佐渡菓子店(三厩中浜)0174-37-2039

| 斎藤 博之 | [地域の社会史]円空 | 01:00 | trackbacks(0) | comments(0) |
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