ライター斎藤博之の仕事

このウェブログは、フリーランス・ルポライター斎藤博之が地域限定の新聞・雑誌または非売品の媒体などに執筆した文章を、広くお読みいただくために、公開することを目的にしています。
斎藤博之は、祭りや民俗芸能・食文化・温泉文化・地域の社会史・地域づくりについて執筆しています。
<< 奥大道と平泉(2)平泉に通ずる道 | main | 奥大道と平泉(3−1)大星神社の舞楽面 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

sequel
| スポンサードリンク | - | | - | - |
奥大道と平泉(3)舞楽面の来た道

弥陀の浄土を示す道

 「これより西方、十万億の仏土を過ぎて、世界あり。名づけて極楽と言う。その土に仏ありて、阿弥陀と号す」。中尊寺の金色堂は、阿弥陀経に云う「極楽浄土」を、この世に示そうとしたものである。

 もういちど、その内陣を見てみよう。扁柏の柱は杉材を巻いて、幾重にも漆を塗った上に螺鈿の細工が施されている。須弥壇の高欄は紫檀張りで、螺鈿と象牙の細工がある。皆金色の弥陀の御堂が、さらに深く七色の光を放っている。

 この時代の工芸の粋を極めて顕われた阿弥陀浄土は、海を越えた異国から取り寄せた品々で出来上がっている。螺鈿細工の夜光貝、紫檀、象牙は、交易によってもたらされたものだ。

 異国から平泉にやってきたものは、それだけではない。柳之御所跡や志羅山遺跡からは、常滑の陶器とともに、夥しい唐物の白磁が出土する。この当時、中国の磁器が入ってくる日本の玄関口は、博多湊であった。博多を経て寧波へ繋がる道を、平泉は持っていた。それが、北上川と奥大道だった。

 奥州藤原氏がみちのくを支配していた時代、北上川には柳之御所と加羅御所のあいだに入り込む浦があった。領主が管理する川湊があったと考えても、不思議ではない。

奥州の動脈

 そして陸には、奥大道があった。南から白川の関を越えて来る道は、達谷の毘沙門堂の前を通り、毛通寺の南大門に至る。観自在王院の西面に車宿があり、その南に倉町があった。ここから道は、もういちど北へ、金鶏山の麓を進み、柳之御所から延びてきた道と高館の前で合流して、中尊寺多宝塔へ向かう。

 道は北へも続いていた。関山を降りて、衣の関から衣川を渡る。関道の傍らに、遠来の客をもてなす接待のための館があった。長者ヶ原の廃寺から津軽の外ヶ浜へ。外ヶ浜とは、津軽の陸奥湾に面した地域のことだ。途中、鹿角で道は二手に分かれていたらしい。一方は糠部へ。他方は矢立廃寺から峠を越え、浪岡を経て陸奥湾に至る。JR新青森駅に近い新田遺跡からは木管が発掘され、なんらかの役所ではなかったかと考えられている。

 平泉から北へは白磁などが運ばれていっただろうが、逆に北方から平泉にもたらされたものもある。『吾妻鏡』には、毛越寺円隆寺の薬師如来像を彫るにあたって、基衡が仏師雲慶に贈った品々が記されている。そのなかに、糠部の駿馬五十疋・希婦細布二千端に並んで、蝦夷ヶ島の鷲羽百尻・水豹皮六十余枚があった。奥大道を運ばれてきたものが、平泉の金と合わせて京の都に運ばれた、具体的な例である。

 この道を、文化や芸能も伝わって行ったであろう。そのひとつが、舞楽ではないか。


sequel

奥大道と舞楽面

 東北には、中世の舞楽面が48面残っている(表1)。そのうち、およそ4分の3にあたる35面が、4つの寺社に集中している。青森の大星神社(旧妙見堂)に9面、弘前市岩木の岩木山神社(旧百沢寺)に7面、二戸市浄法寺の天台寺に10面、八戸の櫛引八幡宮に9面で、合わせて35面となる。朝廷や幕府の庇護を受けたのではない地方の寺社に、これほどの数の中世の舞楽面が遺されているのは、ほかに例を見ない。

(表1)東北に残る中世の舞楽面

大星神社   青森市     9
岩木山神社  弘前市岩木   7
天台寺    二戸市浄法寺 10
櫛引八幡宮  八戸市     9
旧滝山寺   能代市     2
山寺立石寺  山形市     4
  大永年間(1521-7)に焼き払われるまで
  林家が楽頭
谷地八幡   河北町     1
  慶安2年(1649)より林家が宮司
慈恩寺    寒河江市    5
  山寺から林家が移った
平塩熊野神社 寒河江市    1
  山寺の楽人が移住

 大星神社は、浪岡から堤の川湊に抜ける街道にある。岩木山神社は、もともと弘前市十面沢の巌鬼山神社(旧巌鬼山西方寺観音院)を遷したもので、西浜街道にある。天台寺と櫛引八幡宮は、鹿角から糠部へ向かう奥大道の一方の道だった。すべて、奥大道かその脇街道にあたる。

 能代も、矢立へ向かう奥大道と分かれて、比内から米代川に沿って日本海へ進む脇街道が目指す湊である。谷地八幡の宮司で現在に伝わる舞楽の楽頭である林家は、いまは行われていない山寺の舞楽の楽頭だった。平塩の舞楽は山寺の楽人が伝えたもので、今日に続いている。慈恩寺の舞楽は、谷地八幡の林家が行なっている。つまり、山形の舞楽は山寺に由来するもので、平泉の藤原氏も利用したであろう最上川に抜ける街道にある。こうしてみれば、東北の舞楽面に、奥大道にかかわらぬ面はない。

 ところで、奥大道に遺された4つの寺社の舞楽面を較べると、面の種類が驚くほど似通っていることに気づく(表2)。番舞の片方が欠けているところもあるが、二ノ舞(咲面・腫面)・散手・貴徳・抜頭・還城楽・納曾利・陵王などが、ほぼ共通していると言える。

(表2)奥大道の舞楽面

大星神社(青森市)9
・二ノ舞(咲面・腫面)
・散手・貴徳
・抜頭・還城楽
・陵王・納曽利
・行道面
岩木山神社(弘前市岩木)7
・二ノ舞(腫面)
・散手・貴徳
・抜頭・還城楽
・採桑老
・陵王
櫛引八幡宮(八戸市)9
・二ノ舞(咲面・腫面)
・散手・貴徳(2)
・還城楽・採桑老
・陵王・納曽利
天台寺(二戸市浄法寺)10
・二ノ舞(咲面・腫面)
・散手・貴徳
・胡飲酒
・還城楽
・陵王(2)・納曽利(2)
<奥大道の脇街道に遺る舞楽面>
山寺立石寺(山形市)4
・二ノ舞(咲面・腫面)
・陵王・納曾利
慈恩寺(寒河江市)5
・二ノ舞(咲面・腫面)
・散手
・陵王・納曽利
谷地八幡(河北町)1
・貴徳
平塩熊野神社(寒河江市)1
・陵王

 「面があるということは、じっさいに舞われていたと考えてよいと思います。奥州藤原氏の平泉では、寺社の祭礼で、京の都に倣って盛んに芸能を取り入れていました」と、東北芸術工科大学の入間田宣夫教授は言う。そこで、遺された面から、どのような演目があったかを考えてみた(表3)。その演目は、新潟県から山形県にかけてこんにちも民俗芸能として行われている舞楽に、よく似ている(表4)。

(表3)遺された舞楽面から構成される演目

左方       右方

     振鉾
案摩       二ノ舞
太平楽      陪臚
万歳楽      延喜楽
散手       貴徳
抜頭       還城楽
胡飲酒      新靺鞨・林歌
採桑老      新靺鞨・胡楽
陵王       納曽利
     獅子

(表4)日本海に伝わる民俗芸能の舞楽

林家の舞楽 河北町(谷地八幡宮)
・燕歩(振鉾)
・三台(三台塩)
・散手
・太平楽
・喜禄(案摩)・二ノ舞
・抜頭・還城楽
・陵王・納曽利
*記録によれば、山寺では
 ・燕歩(振鉾)
 ・三台(三台塩)
 ・散手・貴徳
 ・太平楽
 ・喜禄(案摩)・二ノ舞
 ・神儺
 ・長保楽
 ・蘇利子(蘇利古)
 ・林歌
 ・嶋鹿
 ・還城楽・抜頭
 ・凌王・納曽利
 ・大回向
平塩の舞楽(寒河江市)
・振鉾
・散手
・太平楽
・貴禄(案摩)・二ノ舞
・三台塩
・還城楽・抜頭
・蘭陵王・納曽利
弥彦神社の舞楽(弥彦村)
・地久楽
・鉾ノ舞・弓ノ舞
・陵王
・花ノ舞(林歌)
・案摩・神面・二ノ舞
・児納曽利
・扇ノ舞
・抜頭
・大納曽利
・泰平楽(太平楽)
白山神社の舞楽(糸魚川市能生)
・振舞(振鉾)
・候礼
・童羅利
・地久
・能抜頭(抜頭)
・泰平楽(太平楽)
・納曽利
・弓法楽
・稚児抜頭
・輪花(林歌)
・陵王
天津神社の舞楽(糸魚川市)
・振鉾
・案摩
・鶏冠
・抜頭
・破魔弓
・児納曽利
・能抜頭
・華籠(けこ)
・大納曽利
・太平楽・久宝楽
・陵王

民衆の祈り

 毛越寺の二十日夜祭は、摩多羅神に供える読経が続き、その終わりに延年の舞がある。常行堂のなかでゆっくりと静かに進むその行事が、蘇民袋を奪い合う若い衆の裸参りと交叉する。このような演劇的な時間の作り方が、東北の芸能には、じつに多い。僧侶・禰宜や楽人だけではなく、民衆が参加する。こういう仕掛けが、奥大道の舞楽にもあったのではないか。

 この取材で、中尊寺大長寿院に伝わる古い面を、拝見させていただいた。「なんに使われたものなのかは伝わっていませんが、近世の猿楽よりは古いようです」と菅原光中さんは話すが、その七面のなかに舞楽の面ではないかと思われるものが含まれている。一方で、無量光院の発掘調査で、新たな発見があった。東中島から西島に橋が架けられていると考えられてきたのだが、その場所で礎石が発掘された。それが、橋ではなく、舞台のようなのである。

 無量光院の舞台で何が舞われていたのかは、まだ推測の範囲を超えない。そのうえ、奥大道に残る舞楽面は古いものでも鎌倉時代で、奥州藤原氏の時代のあとになる。それでも、この奥大道を伝わって芸能や文化が広まるということは、藤原氏のあとも続いていたのではないか。なぜならば、浄土を求める民衆の祈りが、絶えることはなかったからである。


| 斎藤 博之 | [地域の社会史]奥大道と平泉 | 17:37 | trackbacks(0) | comments(0) |
スポンサーサイト
sequel
| スポンサードリンク | - | 17:37 | - | - |
trackback
http://hsaitoh.jugem.jp/trackback/166
comments










+ CONTENTS of THIS WEBLOG
+ PROFILE of SAITOH
+ OTHER WEBSITE written by SAITOH
+ SAITOH'S DIARY

(1)
斎藤博之のTwitter
斎藤博之のTwitter

    follow me on Twitter

    (2)
    ライター斎藤博之の取材日記
    ライター斎藤博之の取材日記
    (ライター斎藤博之が日々取材で出会った食べ物や祭り・風景を紹介する日記。
     Twitter開設以前に作っていたもので、現在は更新していません)

    + FORUM
    ライター斎藤博之のフォーラム (記事内容に関連した討論や、質問を受け付ける掲示板)
    + MESSAGE FORM
    + COPYRIGHTS
    著作権は、斎藤博之にあります。文章の引用は自由ですが、著作権法の定めるところに従ってください。ウェブ上で引用する際も、出典を明示したうえで、トラックバックするか、著者に連絡してください。当然のことながら、著作権を侵害していると認められるものについては、法的な対抗手段をとることがあります。
    + selected entries
    + recent trackback
    + recent comments
    • 恐山信仰とイタコについてのQ&A
      斎藤 博之 (03/27)
    • 恐山信仰とイタコについてのQ&A
      田中 修 (03/17)
    • 原発の事故による健康被害について〜美味しんぼ 福島の真実
      Botox (12/26)
    • 原発の事故による健康被害について〜美味しんぼ 福島の真実
      高橋靖司 (07/17)
    • 原発の事故による健康被害について〜美味しんぼ 福島の真実
      タコ (06/12)
    • 原発の事故による健康被害について〜美味しんぼ 福島の真実
      KAZU (06/01)
    • 原発の事故による健康被害について〜美味しんぼ 福島の真実
      斎藤 博之 (05/22)
    • 原発の事故による健康被害について〜美味しんぼ 福島の真実
      ana (05/22)
    • 原発の事故による健康被害について〜美味しんぼ 福島の真実
      斎藤 博之 (05/21)
    • 原発の事故による健康被害について〜美味しんぼ 福島の真実
      斎藤 博之 (05/21)
    + archives
    + LINKS

    雁屋哲の美味しんぼ日記
    (雁屋哲さんの公式ホームページです)

    美味しんぼ塾ストーリーブログ
    (『美味しんぼ』全巻のあらすじを検索)

    企画集団ぷりずむ
    (雑誌にラーメン特集などを執筆しました)

    グラフ青森
    (雑誌に民俗芸能・地酒などの連載をしました)

    まるごと青森
    (青森県の観光担当職員たちで作るブログです)

    恐山あれこれ日記
    (恐山菩提寺の院代・南さんの日記です)

    山の楽校「焼き畑日記」
    (八戸市南郷区で焼畑を復活しました)

    トキワ養鶏
    (耕畜連携の循環型農業に取り組んでいます)

    レストラン山崎
    (弘前のスローフードの仲間です)

    洋望荘
    (八戸の自然食・スローライフの宿です)

    仙台ラーメン金太郎
    (コンセプトと食材を担当しました)

    仙台屋
    (食材と地酒を集めました)

    深浦の食べ物屋セーリング
    (深浦の正直な食べ物屋さんです)

    青森県のラーメン・旅の宿と温泉
    (T.KENさんのホームページ)

    あおもりラーメン協会
    (あおもりラーメン協会の公式サイト)

    新井由己の仕事帖
    (地域のおでんやハンバーガーなどについて
     食文化として研究しておられます)

    わ的には 「北の国」のチョット南から
    (青森などを歴史も交えて探訪する
     ぴかりんさんのカナリ楽しいページです)

    大川平の荒馬
    (「大川平の荒馬」のホームページです)

    べんべのけやぐ
    (「大川平の荒馬」のメンバーです)

    じっくり・ゆっくり・2
    (「大川平の荒馬」のひろさんです)

    我、旅の求道者也
    (「大川平の荒馬」で知り合いました)

    下田ゆうじの津軽お祭道中
    (懇意にしている鳥井野獅子踊りの若手後継者、
     下田ゆうじさんが津軽の民俗文化を語る)

    小竹勇生山の瞽女宿
    (津軽三味線と越後瞽女を取材しました)

    津軽の侫武多
    (斎藤の作ったネブタ分布データを共有)

    阿部かなえの二胡のページ
    (北東北初の二胡の教室を開いた方です)

    憩いの森メーリングリスト
    (東北の魅力に触れるメーリングリスト)

    くぼた屋ウェブログ
    (岩手県滝沢村とゲームについての話題)

    土徳の世界
    (映像作家・青原さとしさんの公式サイト)

    藝州かやぶき紀行
    (広島の萱葺き職人を追うドキュメント)

    よたよたあひる's HOMEPAGE
    (ちょっとオタクな友人です)


    にほんブログ村
    このウェブログは、「にほんブログ村」に参加しています。

    + RSS
    + RECOMMEND
    美味しんぼ 108 (ビッグ コミックス)
    美味しんぼ 108 (ビッグ コミックス) (JUGEMレビュー »)
    雁屋 哲,花咲 アキラ
    「美味しんぼ」が、東日本大震災の被災地のうち、八戸(青森県)から石巻(宮城県)までの三陸地方を訪ねた。津波は、あらゆるものを流し去ってしまったけれど、清らかな海を護ろうとしていた重茂(岩手県宮古市)や唐桑(宮城県気仙沼市)には、生き物も還ってきた。陸前高田(岩手県)の醤油屋さんは、市民ファンドの援けも得て、新たな一歩を踏み出そうとしている。まっとうな食べ物を作っていた生産者たちは、どのように復興に取り組もうとしているのか。豊かな自然と、温かな絆をもったこの東北に、ほんとうの幸せがあったのではないか。わたくし斎藤博之が案内します。
    + RECOMMEND
    美味しんぼ 100 (100) (ビッグコミックス)
    美味しんぼ 100 (100) (ビッグコミックス) (JUGEMレビュー »)
    雁屋 哲
    わたくし斎藤博之が案内人として登場する『美味しんぼ』の「日本全県味巡り 青森県編」。三方を海に囲まれ、ブナやヒバの森に抱かれた青森県は、海と山の豊かな恵みを受けているばかりではなく、醗酵・粉食・天日干し・寒干しなど、食べ物を保存し・しかも美味しくいただく知恵を、幾百年の年月をかけて蓄積してきた。また、北前船で伝わった文化と北方の民俗が交叉し、旧い日本の食文化の基層を留めてもいる。
    + RECOMMEND
    日常生活のなかの禅―修行のすすめ
    日常生活のなかの禅―修行のすすめ (JUGEMレビュー »)
    南 直哉
    恐山菩提寺の院代・南直哉師は、曹洞宗大本山永平寺で長く修行され、曹洞宗を代表する論僧である。
    この著作は、「私」という存在の根拠への問いから始まり、他者との関係のなかに「生」を見出し、もう一度自己を再構築するための「禅」を説く。
    大乗仏教の根本思想を、恐山の禅僧が語る。
    + RECOMMEND
    「問い」から始まる仏教―「私」を探る自己との対話
    「問い」から始まる仏教―「私」を探る自己との対話 (JUGEMレビュー »)
    南 直哉
    恐山菩提寺の院代・南直哉師は、曹洞宗大本山永平寺で長く修行され、曹洞宗を代表する論僧である。
    この著作は、「私」という存在の根拠への問いから始まり、他者との関係のなかに「生」を見出し、もう一度自己を再構築するための「禅」を説く。
    大乗仏教の根本思想を、恐山の禅僧が語る。


    + sponsored links