ライター斎藤博之の仕事

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贈与交換の村〜下北半島九艘泊

「忘れられた日本 2008 焼き干し」
(フジテレビ 2008年10月30日午前9時10分〜)
の放送内容を紹介します。

わたしはこの番組の制作にコーディネーター・通訳として参加しました。

取材したのは下北半島の九艘泊と芋田(青森県むつ市脇野沢)という集落です。この取材で追いかけたのは、「焼き干し」という食べ物もさることながら、それを作るコミュニティの姿でした。

焼き干しづくりを手伝いに集まって来る女性たちは、労働に対する賃銀を受け取っていません。揚がった魚を「配給」するのです。また、彼女たちは「配給」の魚で贈与交換をして、米や野菜を手に入れていました。この村では、貨幣経済とまったく切り離されているわけではありませんが、貨幣によらず助け合って生きていく暮らしが鮮やかに息づいていました。

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1:鰯の揚がる浜


 下北半島が平舘海峡に突き出した先端に、九艘泊(くそどまり)と芋田という集落がある。戸数合わせて四十軒余り。秋は鰯、冬は鱈漁で生活してきた。二つの地区は、ひとつの集落のように暮らしてきた。だから、ここでは芋田地区も合わせて「九艘泊」と呼ぼう。

 9月から11月が、焼き干しづくりの季節。10月、焼き干しづくりに忙しい九艘泊の浜を訪ねてみた。

 早朝、午前5時半。浜には女たちが集まりだす。その数、およそ二十人。鰯を干すためのすのこを並べ始める。女たちが浜で用意を整えているころ、前沖では男たちが定置網を起こしている。6時を過ぎたころ船が戻り、浜へ魚を揚げる。

 ここから浜は俄かに慌ただしくなる。鮮度の落ちないうちに、鰯をさばかなければならない。鰯が揚がると、直ちに頭と内臓を手でもぎ取っていく。さばいた鰯は洗い、すのこの上に並べられる。

 数時間天日に干した鰯は串に通し、これを炉に刺して炭火で焼く。焼いた鰯は、もういちど天日に干す。完全に水分が抜けるまで、数日を要する。こうして手間隙をかけて出来上がった鰯の焼き干しは、煮干しより数倍は濃いといわれる出汁の高級品。

 背黒鰯を天日に干すこの風景が、平舘海峡の村々の秋を告げている。


2:配給〜手伝いへのお礼


 ところで、浜で鰯をさばいているとき、手伝いの女性たちの中に、鰯以外の鯖やシイラなどの魚をさばいている者もある。これも焼き干しになるのだが、その多くは烏賊や鰹とともに手伝いの女性たちに分けられる。

 魚を分けるのは、網元「鱗」の娘・雪江さん。網元の家の女性が差配している。手伝いの女性たちに分けるほか、網起しの男たちには多めに分ける。これを「配給」と呼ぶ。

 九艘泊では焼き干しの手伝いに「配給」があるだけで、賃銀はない。同じ脇野沢でも、すぐ隣りの寄浪では、作業を「頼まれ」、賃銀が支払われる。九艘泊では「昔から」、「手伝い」に対する「お礼」として、「配給」が分けられる。

 配給は、賃銀の換わりに魚という現物が支払われるということでもないようだ。賃銀は労働時間の多い少ないによって変わるのにたいし、配給の量は労働の量や内容のいかんに関わらず、定置網にかかった魚の漁や種類に左右される。仮に定置網に鰯がまったくかからなかったとしても(近年はこういう事態がしばしば起きるようになった)、他の魚が揚がれば配給される。配給は、作業の一部だけを手伝う人にも分けられるので、配給のときにいない人にも配給はある。

 ちょうど取材のおり、産土の弁天の社で「ちゃっこい祭り」(小さな祭り)があり、九艘泊から二軒、芋田から一軒が、当番にあたっていた。祭礼ごとに当番は廻り番で隣りの家へと渡る。当番は行事の仕事に勤しまなければならないから、当然浜の仕事には参加できない。たまたま、この日は当番の人も配給を分けるところだけ手伝っていたが、たとえ何も手伝えなかったとしても、配給はあると言う。

 また、怪我や病気で手伝えなくなった人にも配給がある。芋田に数年まえから怪我をし、やっと歩く程度という人がいる。現時点では何の手伝いも出来ないのだが、配給はこの人のところにも届けられた。網元「鱗」の櫛引理三郎さんは言う、「怪我をしても、病気になっても、配給はみんなにあげる。われわれもそうやって世話になってきたのだから、助け合っていかねばな」。

 かつて九艘泊には、鰯の定置網に鱗・山一・中島という三軒の網元があった。集落の人びとは、必ず何れかの網もとの手伝いに行く。格段組織というわけではないが、それぞれを鱗組・山一組・中島組と呼んだ。中島は数年まえに鰯の漁を止め、山一は別家に網を譲って小さくなったが、いまでも集落の全ての家が、鱗か山一かを手伝っている。

 鰯がもっと大量に揚がっていたころ、漁は夜と朝(午前2時と7時)の二回あった。そのころは他所の集落に「人を頼んで」網起しや焼き干しの作業をした。「頼まれた」人へは賃金を払う。「頼んで」労働をすることと、「手伝」って「配給」を受けることとは、意味合いが違っている。

 このように、「配給」は、労働に対する現物支給ではない。それは集落の助け合いから生まれているようだ。


3:贈与交換の社会


 網もとの手伝いへ行った村びとは、それぞれの家で配給の魚を加工する。焼き干しや飯鮨を作るのだ。作ったものは自分の家で食べる量をはるかに超えている。少しは売りもするが、そのほとんどは人にあげるのだと言う。「あげる」という日本語の意味を確かめてみた。

取材班「売るんじゃないんだ」
女性1「そう」
取材班「こちらから魚をあげると、むこうからも何かもらうことがある?」
女性1「野菜や米をくれる」

焼き干しや飯鮨を贈ると、あげた先が稲作農家ならば米が、畑作農家ならば野菜が贈られてくるのだ。物々交換のようなものを想像されるかもしれないが、そうではない。こちらから贈るのと、先方から贈られるのでは、時間的なずれもあるし、贈った量に見合った価格の作物が贈られるのでもない。不漁で贈る量が減ったからと言って贈られる米や野菜が減ることはないし、不作で贈られる米や野菜が減ったからと言って贈る焼き干しや飯鮨を減らしたりはしない。この交換には貨幣が媒介していないだけではなく、貨幣によって価値を量るという観念自体が存在しない。純粋に気持ちを交感しているのである。

取材班「お金で買ったほうが便利じゃない?」
女性2「お金じゃなく、あげたり・もらったりの方が、気持ちがあるでしょ。あとあとまで続くじゃない。お金で買ったら、それで終わっちゃうでしょ?」
女性3「情けがあって、いいべ」

われわれが取材した相手だけが特殊にこういう観念を抱いているのではなく、どの村びと聴いても一様にこのような返答が還ってくる。

男性1「お金で買うより、あげたりもらったりしているほうが便利だ。お金で買うといっても、ここには店屋がないもの」
女性4「お金で買うものはないね」
男性1「(一番近いスーパーマーケットまで車で片道30分なので)年よりは買い物に行けない。魚をあげれば、いろんなものを贈ってもらえる」

この集落とて貨幣経済と切り離されたところにあるわけではなく、中堅の男性の多くは出稼ぎで現金収入を得ているわけだが、子供を高校や大学に行かせる教育費などを除けば、この集落のなかで暮らしていく分には、貨幣を媒介しないで成り立っている部分のほうが遥かに大きい。


 この集落には、ときおり移動販売車が来る。曜日を決めて訪れる食料品販売の「函館牛乳」のほか、取材の一週間に八百屋と花屋が来た。八百屋は、網元が手伝いの女性たちに出すお八つに果物はどうかと、林檎と梨の箱を置き、焼き干しと交換してくれるように求めた。花屋も、しばらくは現金で販売していたが、烏賊を干しているのを見かけると、花と交換してくれるように持ちかけている。いずれも即座に交渉は成立した。このように移動販売車が魚の加工品と自分の商品を交換することは、しばしば行なわれているらしい。商品であるはずのものですら、貨幣によらない交換が行なわれ、しかもそれがごく自然なこととして受け止められているところに、九艘泊という集落でいかに贈与交換が強く息づいているかを顕している。


4:集落の協働性


 九艘泊では、集落の公益にかんすることは、「当番」や「人足」で行なわれる。たとえば祭礼の準備などは、当番で行なわれる。当番は順繰りに隣りの家へ引き継がれ、不幸ごとがあったときなどを除いて、断ることが出来ない。道の整備、草刈りや雪踏みなどは「人足」で行なう。人足とは、すべての家から一人ずつ人手を出して、その仕事を担うということだ。

 これにたいし、それぞれの家の仕事を「ゆいっこ」で助け合うことも多い。たとえば、畑仕事のあるとき「ゆいっこ」を借りる。「ゆいっこ」を借りた家は、貸した家で人手が必要なときに返す。その仕事に時間やきつさの多い少ないがあっても、「ゆいっこ」の貸し借りにそれは影響しない。「ゆいっこ」は、困ったときに手助けをするということだから、労働の量や種類に関係しない、気持ちのやりとりなのだ。

 「ゆいっこ」は「結い」の方言である。かつては、日本中のどこにでも、「結い」はあった。

 どうも「手伝い」をして「配給」を受ける「組」のありようは、根柢のところで「ゆいっこ」に通底する精神から生まれているように見える。どちらも、貨幣という単位を物差しとすることなく、助け合いながら物と気持ちをやりとりするという点において、共通している。


5:助け合いの村


 芋田に櫛引うたさんという最長老の手伝いがいる。90歳の今でも、毎日欠かさず九艘泊の浜に通う。4時半に起き、朝食を食べ、家を出るのは5時10分。20分の道程を歩く。これを七十余年に亘って続けてきた。

 戦争で夫を亡くしたうたさんは、浜に通い、手伝いをしながら、皆に助けられて三人の子供を育ててきた。

「歩いて通うのは辛いけど、仕事は楽しい。みんなに会えるから。うちにいても、一人だもの」

この人が毎日浜に通いつづける理由は、みんなに会えるからであった。そこには、この人の人生のすべてがあった。辛いことも悲しいことも、このみんなと分かち合ってきたのだ。

 下北半島の焼き干しの村、九艘泊。そこには助け合いながら生きていく、村人の智恵があった。貨幣に頼らずとも暮らしていく、それはかつて日本のどこでも見られた風景であった。

| 斎藤 博之 | [饗えの世界]忘れられた日本 | 00:15 | trackbacks(0) | comments(5) |
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comments
文化人類学の構造主義的な感じになってますね。一度訪れてみたいです。現在、地域差と現在との関係を考えております。柳田国男は、地域差をそのまま時代差に置き換えました。しかしそれは少し違うだろうと思っております。私は「地域」という前提を重要なファクターだと思っております。そこに時代差を容易に持ち込むべきではないと。このような考え方は福田アジオが地域民俗論としてすでに論じておりますが、またそれとは違った意味で考えてみたいと思っております。「都市」についてはある程度めどがついていますが、非都市の問題が課題となっております。また情報をいただければと思います。
| はくばい | 2008/11/05 4:24 PM |
「忘れられた日本」というタイトルにもかかわらず、わたしはここで取り上げた九艘泊という集落を、近代から取り残された村田とも、前近代的な習俗が残っているとも考えていません。
九艘泊の人びとも、近代市場がなければ暮らしていけません。漁をする船も、槽を動かす油も、焼き干しを焼く炭も、みな貨幣で買わねばなりません。
しかし、この単一の世界市場に包摂されながらも、「経済」に置き換えられない様々なコミュニケーションが息づいていることを伝えたかったのです。
それぞれの地域にそれぞれの歴史が地層のように積み重なって、風土の経済を織り成しているのです。
| 斎藤博之 | 2008/11/06 2:57 AM |
よくこのブログ読ませてもらっております。
実は、下北を知る会という団体で、下北の歴史や自然等を学ぶ活動をしておりますが、6月に九艘泊を散策する定例会が予定されております。当日の勉強に何か良い物が無いかとネットをみていたら、この記述を見つけました。
当日、このテキストを会員にお配りしても構わないでしょうか?もちろん著者名、引用元も明記いたします。仕様の可否を教えて頂ければ幸いです。
| こじま | 2013/05/30 2:54 PM |
こじまさま
コメント、ありがとうございます。
市民団体の勉強会にわたしの文章をお使いになるとのこと、ありがたいことです。
商業目的に使用されるわけではありませんから、どうぞご活用ください。
| 斎藤博之 | 2013/06/02 6:56 PM |
ありがとうございました。会員の勉強のために、出典を明記して、テキストを印刷したものを使用させて頂きたいと思います。
| こじま | 2013/06/04 10:48 AM |










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